平成最後の終戦の日に

8月15日。終戦の日、終戦記念日、様々な呼び方がありますが、1982年に閣議決定された「戦没者を追悼し平和を祈念する日」という呼び方もあり、共通してその真の意味は「平和」ということに尽きるのだと私は考えております。そんな日である本日、平和を願い、平和の上に今の生活があることに感謝する心を持ちこの日を迎えます。

私たち国民がその過去の惨禍を忘れず、世界のどの国よりも平和を願い、世界でも類を見ない「戦争を起こせない、参加出来ない国」、そう、『戦争を放棄した国』という貴重な立ち位置を護り続け、世界に向けて「戦争とはいかなる場合においても正義にはならない」ということを発信し続ける国民であり続けたいと切に願う次第です。

私の出身地は横浜。思い起こせば、戦争というものへの嫌悪感は幼少期の頃から芽生えておりました。横浜も他と同じく大空襲を受けた地。小学校の授業でもよく学びました。昭和20(1945)年5月29日、B29爆撃機による大量の焼夷弾は、瞬く間に街を破壊、建物は燃え尽き、多くの人々が犠牲となりました。京浜急行を頻繁に利用しておりましたが、その姿をそのままに残す「旧平沼駅」(横浜〜戸部間)を通過する度に、小さいながらに戦争の恐ろしさに年中気付かされたものです。

また、少し足を伸ばせば、山の中腹などに残された人工的な穴、所謂「防空壕跡」も、日頃より普通に目に触れる機会も多く、防空壕とはどういう役割なのかという授業の知識と合わせて、戦争という二文字を意識させられる環境下で生活をしていたことも、その「嫌悪感」を生み出す起因となったのかと振り返ります。

今から70余年前、個では変えられぬ時代の渦の中、国の為という言葉を使わざるを得ない状況下で、それぞれの真の目的であった、護りたい人達の為に命を代償として、心の底から戦争の終わりを願って戦地へ向かわれた戦没者である英霊の御霊に、今の平和の世を感謝すると共に、その命の上に成り立ってきた平和が揺るがぬよう、今を生きる社会人として更に気を引き締め、「主権たる国民」という意識を持って生きていきたいと考えます。

ふと、2004年、この国が戦争へと近づいていくのではないかと気づいた人たちによって制作された「絵本」を思い出しました。これも何かの縁かもしれない。今、言わぬ賢さより、今、言う勇気を選びここに掲載します。

子供たちが夢を描けるのは、経済発展があるからでも技術革新があるからでもないのかもしれません。その前段階、基礎に基盤に『戦争ができない、戦争を起こせない』という、ある意味世界からも理想論だ、と言われる現在の日本国憲法、平和憲法があるからなんだろうと考えます。

憲法は変えずとも、議論の後に世の中に臨機応変に対応できるはず。先進国では、とか、日本以外では、とか、そんな正義はありません。日本がダメで諸外国が正しい、そんな論理はありません。理想論であり、綺麗事と言われる「憲法」を持てている日本こそ、諸外国に発信すべき貴重な存在であり、日本の在り方なのだと考えます。

どうにしても変えられぬ抑止力こそ、憲法のあるべき姿。時の勢いの判断から起こしてしまい兼ねない過ちを抑止する力。一度変えたら、もう二度と今の姿には戻らないでしょう。それは、理想論を押し付けられる状況下で決められた憲法であり、戦争を起こせないようにさせる状況下で決められた憲法だからなのでしょう。

「二度と戦争をしてはならないと固く決意した日本国憲法の平和の理念と非核三原則の厳守」。この言葉を言えるのは、そういう憲法を所持している国、日本の特権だと感じています。私は未来永劫大切にしていきたいと考え、この平成最後の8月15日に社説として残します。

記事:編集長 佐藤秀光

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