国民の傍らに立ち、その耳に声を傾け、思いに寄り添う政治家が生まれることを願う

本日、平成29年10月22日は、第48回衆議院総選挙投票日だ。投票率がどうであれ、有権者が選出したという結果の元に、我が国の国政を担う衆議院議員が選出される。
そんなことを脳裏に浮かべた際、平成28年8月8日に発せられた今上天皇陛下のおことばも同時に脳裏を過ぎる。

象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば:宮内庁>

ここで今上天皇陛下は「私はこれまで天皇の務めとして,何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが,同時に事にあたっては,時として人々の傍らに立ち,その声に耳を傾け,思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。(抜粋)」というおことばを発せられた。

有事の際の天皇皇后両陛下の行動、おことばには、一国民として思わず涙が出てしまうほどの有り難さを感じる。象徴として、天皇陛下として、ではなく、それを超越した尊厳に溢れた人間性は、私にとって常に心の中の「真の道を指し示す御方」となっている。

ここでひとつ私も願いたいことがある。この度の総選挙で選出された政治家、すでに参議院議員として選出されている政治家は、この今上天皇陛下の「国民と共にある」という考え方を熟慮し腑に落としていただき、主権者日本国民にとって何が良いことなのか、を、熟考の上物事をすすめていく気概をもって、公務に携わっていただきたいと願う。そして、今そうでなければ、選出された以上そのような人間性を持てるように研鑽していただきたいと願う。

選出されたことは、同時に、国民を幸せにすることも、苦しめることも出来る公務を担うことであると、再認識していただきたい。

常に私には「戦争はどのような理由があれども容認しない」という考えがある。それは、戦争とは争いの輪廻であるからである。自らの周りの大切な人、友人知人、そして家族の命を間違いなく脅かすものであるからである。それは同時に、経済活動を停止させ、個人の生活の安寧を脅かし、結果として国民にとって百害あって一利あるものではないからだ。戦争を経験された方の話、戦後を生きてきた方の話を聞き、それは間違いのないものと認識している。

そんな私は、唯一の被爆国として、本来は先頭に立ち叫ばなければならない立場でありながら、自国民を苦しめた核爆弾の傘に隠れることが国防に繋がるなどの姿勢を出しているかのような、国連の圧倒的多数の賛成で成立した核兵器禁止条約への反対、交渉の場にすら参加をしない行動であったり、戦後守られてきた武器輸出三原則をやぶり、防衛装備移転三原則と名目を変えて、自国防衛の為の兵器開発から戦争の道具である兵器を他国へ輸出し、国家ビジネスとし、あたかも日本は戦争を容認する、世界の戦争を助長するような行動であったりをする政治家がどうしても腑に落ちない。

核保有国が、武器保有国が、北朝鮮に対していくら核開発や軍縮に関して叫ぼうが、その内容を相手が聞くとは到底思えず、逆にそのことが北朝鮮を刺激し、戦争というふた文字に行きつくように挑発をしているようにしか見えないが、それが何とも奇怪な正当論で推し進められていく、予算が割り振られていく世の先に、果たして国民の幸せはあるのだろうか、と常々考える。

選挙期間の終わりこそ、政治家として本当の始まりである。自らの立ち居振る舞いが国民の生活に影響する期間こそが政治家の真骨頂ではないだろうか。

「今、日本国民に必要で大切なことは何なのか」

国民の傍らに立ち、その耳に声を傾け、思いに寄り添う政治家が生まれることを願い、ここに記事を残す。

記事:編集長 佐藤秀光

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