8月15日は終戦の日 その日を迎える前に再度読んでおきたい本年度の平和宣言

本年も8月15日が訪れます。「終戦の日」と称されるこの日を、以来戦禍を受けずに迎えられることは、本当に幸せなことだと考えています。

戦争を致しかたないことだ、と、肯定する人もいます。ただ、争いからは争いしか生まれない。戦争という武力行使は、いかなる理由があれども私は肯定できません。

本年も、長崎・広島と「平和」という言葉の重みを明確に伝えてくれています。その各々の「平和宣言」を、終戦の日を前に改めて熟読してみてはいかがでしょうか。
それぞれに、それぞれの考えがあるかもしれませんが、それに向き合い、今目の前にある現代を見て、戦争のない世界を願い平和を考える、そういった時間を取ることは必要なことだと感じます。

長崎平和宣言(長崎市長:田上富久氏)のこちらの文面が、私の心に響きました。
引用掲載します。

日本政府に訴えます。
核兵器のない世界を目指してリーダーシップをとり、核兵器を持つ国々と持たない国々の橋渡し役を務めると明言しているにも関わらず、核兵器禁止条約の交渉会議にさえ参加しない姿勢を、被爆地は到底理解できません。唯一の戦争被爆国として、核兵器禁止条約への一日も早い参加を目指し、核の傘に依存する政策の見直しを進めてください。日本の参加を国際社会は待っています。

また、二度と戦争をしてはならないと固く決意した日本国憲法の平和の理念と非核三原則の厳守を世界に発信し、核兵器のない世界に向けて前進する具体的方策の一つとして、今こそ「北東アジア非核兵器地帯」構想の検討を求めます。

私たちは決して忘れません。1945 年8月9日午前 11 時2分、今、私たちがいるこの丘の上空で原子爆弾がさく裂し、15 万人もの人々が死傷した事実を。
あの日、原爆の凄まじい熱線と爆風によって、長崎の街は一面の焼野原となりました。
皮ふが垂れ下がりながらも、家族を探し、さ迷い歩く人々。黒焦げの子どもの傍らで、茫然と立ちすくむ母親。街のあちこちに地獄のような光景がありました。十分な治療も受けられずに、多くの人々が死んでいきました。そして 72 年経った今でも、放射線の障害が被爆者の体をむしばみ続けています。原爆は、いつも側にいた大切な家族や友だちの命を無差別に奪い去っただけでなく、生き残った人たちのその後の人生をも無惨に狂わせたので
す。

世界各国のリーダーの皆さん。被爆地を訪れてください。遠い原子雲の上からの視点ではなく、原子雲の下で何が起きたのか、原爆が人間の尊厳をどれほど残酷に踏みにじったのか、あなたの目で見て、耳で聴いて、心で感じてください。もし自分の家族がそこにいたら、と考えてみてください。

*一部抜粋引用:長崎市ホームページ

以下、全文が掲載されているページです。
是非、8月15日終戦の日を迎える前に、今一度目を通し「平和」について考える機会を設けていただければ幸いです。

【平成29年度広島平和宣言】
http://www.city.hiroshima.lg.jp/www/contents/1110537278566/

【平成29年度長崎平和宣言】
http://nagasakipeace.jp/japanese/peace/appeal.html

「二度と戦争をしてはならないと固く決意した日本国憲法の平和の理念と非核三原則の厳守」。この言葉を言えるのは、そういう憲法を所持している国、日本の特権だと感じています。一度でも無くしたら、もう二度とこのような理想論が詰まった憲法は手にできないだろう、と、個人的に強く感じ、未来永劫大切にしていきたいと考えています。

記事:編集長 佐藤秀光

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