「運」と一言で表しても、捉え方や使い方はまさに人それぞれ。でも決して生活や人生を束縛してしまうものではない…。
もっと気楽に上手に「運」を身近なものに感じる事が出来る、そんな「運のお話」です☆
【自ら好んでダークサイドに堕ちる必要なし】
列に横入りして得した気分になったり、
他人に損をさせて儲けた気分になったり、
人を蹴落として偉くなった気分になったりと、
修羅の道を歩む人って、いるでしょう。
そういうのを目の当たりにすると、
相手の生き方にズルさを感じること、ありませんか?
『あんなやり方、無しでしょ、ズルい!』
みたいな。
僕はときどき、あります。
また、そういう人から直接攻撃を受け、
被害を被ってしまった場合、
真っ当に生きる正直者がバカを見るような、
この世界の不公平さに憤る方も多いでしょう。
腹が立ちます。
卑怯なやり方が得意なやつらほど、
ニヤニヤ笑って美味しいとこ取りするなんて!
という風に。
けれど。
彼らや彼女らは、決して順風満帆ではなく、
それなりにリスクを負って生きているようです。
彼らは彼らなりに辛い人生を歩み、
その消耗や圧力が原因で、
修羅の道を歩まざるを得ないようです。
だからと言って、同情の余地はありませんが。
搾取や中傷や暴力が得意な人達に遭遇したとして。
その場で分かりやすい裁きが下らずとも、
その場を離れた僕たちの見えない舞台裏にて、
彼ら、彼女らは生きにくそうにしています。
そこでのストレスや疲弊を原動力とし、
今日もせっせと誰かを傷つけます。
そういう生き方を、
『あの人ばっかりズルい』
と羨む必要はなさそうです。
ずる賢く仕事をこなし、
自分にはとてもじゃないけど怖くてできないような、
不潔なやり方で儲けている人を見かけたとして。
そちら側にはそちら側の世界の、
ルールと信条があります。
それをこちら側の世界の基準で、
測定するのには無理があります。
少なくともダークサイドの住人達は、
こちら側の基準では、決して幸運とは言えません。
だから下手に羨ましがって、
彼らを模倣し、ダークサイドのやり方で、
こちら側の世界を生きようとしないで吉。
それでは☆
記事提供:開運☆こよみ屋総本舗
記事執筆:有限会社西企画 代表取締役/運勢鑑定士 西 敏央 先生(にし としひさ)
掲載:編集部
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