室町時代にラーメン!? 水戸黄門よりも前に食べられていた「経帯麺」とは?

1994年にオープンした新横浜ラーメン博物館(所在地:横浜市港北区、代表取締役:岩岡 洋志)が、2017年7月14日(金)に1階展示ギャラリーをリニューアルする。
このリニューアルは、新たに発見した室町時代の中華麺をはじめ、明治から戦前にかけたラーメンの黎明期の解明など、四半世紀かけて発見した歴史を中心に、展示で紹介するためだという。

さっそくその一部をご覧いただこう。

■スクープ!室町時代にラーメン?日本で最初の「中華麺」が存在!

室町時代のイメージ(空想)

これまで、ラーメンの歴史では、水戸黄門こと徳川光圀が最初に食べたとされていたが、今回、それ以前にラーメンのルーツとなる中国の麺料理が室町時代に食べられていたことがわかった。
中華麺の定義は「かん水」を使っているということである。
「かん水」とはアルカリ塩水溶液で、小麦粉に混ぜることでしなやかさとコシを出し、発色をよくしてくれる。
この中華麺がなんと室町時代に食べられていたという記述を、株式会社イナサワ商店・会長である稲澤敏行氏が資料を見つけたのだという。

足利義満が相国寺鹿苑院内に設けられた蔭涼軒に住する僧侶が記録した日記「蔭涼軒日録」内に、その僧侶が1485年5月17日中国書籍「居家必要事類」文中のお酒・麺食部(水滑麺・経帯麺など)を調べ、その3年後の1488年2月1日及び5月16日に経帯麺を来客に振舞ったと書かれている。
この経帯麺は「居家必要事類」にレシピが残っており、最上小麦粉2斤、碱(けん:炭酸ソーダ)1両、塩2両と書かれていて、この作り方は中華麺と言えるそうだ。
「かけ汁は任意である」と、スープの作り方に関しては書かれていないが、現存する資料の中で「経帯麺」は日本で最初の中華麺と考えられるとのことである。

「居家必要事類」に書かれている経帯麺のレシピ

■四半世紀かけて解明したラーメンの歴史

・ラーメンは日本料理?それとも中国料理?
・ラーメンと中国の麺料理の違いは?
・ラーメン誕生の秘密は大衆化と専門化
・関東大震災によるご当地ラーメンの誕生

これまでラーメンの歴史は断片的に伝えられてきたが、今回の展示リニューアルでは、室町時代から現在に至るまでのラーメンの歴史を、様々な文献をもとに解明している。
特に黎明期と言われていた明治から戦前までのラーメンの歴史は、様々な発見があり、いかにして中国の麺料理がラーメンに変容していくかがわかるという。
上記4項目はその一部とのこと。

ラーメンの歴史展示のイメージスケッチ

 

■具材、ダシなどを体感!「ラーメンエデュテイメントコーナー」

ラーメンはダシ+タレ=スープ、脂/油、麺、具材の5つの要素が組み合わさり、無限大のレシピが誕生する。
ラーメンエデュテイメントコーナーでは、ラーメンの要素について学びながらテイスティングできる無料の体験コーナーとなっている。
第一弾として「メンマ」と「たけのこ」の違いや、ラーメンに欠かせない和ダシの代表「昆布」と「昆布+鰹節」の比較、鶏清湯(澄んだ鶏のスープ)と鶏白湯(濁った鶏のスープ)の飲み比べなどの体験ができる。

【開催概要】
所要時間:5分前後
場所  :1階ラーメンエデュテイメントコーナー
定員  :各回10名程度(先着順)
参加費 :無料

ラーメンエデュテイメントコーナー

 

■ラーメン本ウォールThe Ramen book collection

ラーメン本ウォール

ラーメン本ウォールは、新横浜ラーメン博物館がこれまで収集・所蔵した3,000冊を超えるラーメン書籍の中から、各ジャンルから厳選した約500冊の本で作られた壁となっている。
※書籍閲覧不可。

 

【展示ギャラリー構成】

 

好きな食べ物ランキングでは必ず上位に入るラーメン。
今や国民食と言っても過言ではないだろう。
まさか室町時代に食べられていたとは驚きを隠せないが、これだけ歴史があれば、私たちがラーメン好きなことも頷ける…?!かもしれない。

記事:編集部

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